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投稿:2022.03.11

117. 代表の話2・「東日本大震災から11年」の巻

代表の話というのは総じて眠たくなるものですが、たまにはちょっと耳を傾けて思いを馳せてほしい日もあるものです。東日本大震災から11年を迎えた今日11日、福島県いわき市の光景寺で追悼させていただきました。震災の悲劇を風化させない思いを込めた「勿忘(わすれな)の鐘」という追悼法要で、遠方からの参加者や避難者らの姿が見られ、一緒に犠牲者を悼み、当時や今の心境を語り合いました。

お寺の住職はいわき市内の支援学校で教諭も務め、同級生という縁もあり時々「障がい者福祉」の取り組みや現状について情報共有してお世話になっていました。震災に関する取り組みを聞いたら、今は亡き先代の住職が2013年、縁があった愛知県内の障がい者施設の利用者や職員を招いて復興ボランティアを始め、交流が続いているようでした。毎年続けているという法要「勿忘の鐘」は、震災で全壊した岩手県陸前高田市の本稱寺(ほんしょうじ)の住職が「忘れないでください」との願いを機に始まり、全国各地のお寺で同じ発災時刻に鐘を鳴らして追悼しています。

今年の「3.11」は時間があったのでどこかで追悼しようと思っていたところ、この法要を知り参加しました。遠方からの参加者や、今も避難生活を続ける方々の姿もありました。法要前、コップ灯籠を制作。それに貼る追悼メッセージには、生きている感謝を込め「生きている毎日は犠牲者が生きたかった日々」と記しました。住職からの法話は「かなしみ」について。広島の原爆投下から10年目の少女の言葉を紐解き、「かなしみ」と向きあえず日常に追われる不自然さ、それを言葉にできない難しさ、混乱の心境…。悲劇が生む癒えない「かなしみ」を感じました。午後2時46分、一人一人順番に鐘を鳴らし、私も1回たたいて犠牲者を悼みました。

参加者同士で語り合う時間も。守秘義務のため詳細はお伝えできませんが、参加者の当時の出来事や今の心境に耳を傾けました。11年を経てしてなおも癒えない心の傷を負う方の「かなしみ」の声もありました。私は震災時に感じたあまりに巨大な悲劇を前に何もできないかなしい無力さを共有させていただきました。参加者何人かからは「ウクライナ侵攻」を憂う言葉も。ウクライナでの犠牲者や停戦してもなお続くであろうウクライナ人の心の傷を思うと、私はまたかなしい無力さを感じてしまう。そんな11年の節目でした。(代表・西山)

<光景寺>
住所:福島県いわき市好間町下好間大館284
近日の行事:「グリーフ わかちあいの会」喪失体験とかなしみを語り合い聴き合う集い は2022年4月3日午後1時半。
その他情報はフェイスブック:https://www.facebook.com/koukeiji92

**代表の話**
①「人生はカーリングのようだ。」で大喜利してみたの巻

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